本日も「鉄道唱歌の話」にご乗車くださいましてありがとうございます
伊予鐵道唱歌 二一
名殘は殘れど松山に
歸りて城の西北を
古町木屋町打過ぎて
行けば道後の温泉場
なごりはのこれどまつやまに
かえりてしろのせいほくを
こまちきやまちうちすぎて
ゆけばどうごのおんせんば
伊予鉄道は松山市内に軌道線(市内電車)を運行しています。そのルーツは明治28年開業の「道後鉄道」であり、明治33年には伊予鉄道に合併されています。伊予鉄道唱歌はこの時点での状況を歌っており、作詞者の大和田建樹は郡中線の軍中から松山(現 松山市)まで戻り、さらに高浜線の古町まで戻って道後温泉まで進んでいったと思われます。
ただしそのルートは現在のものとは異なっています
(路線図の考察~伊予鉄 路面電車の変遷~ │ 伊予鉄公式ブログ)参照。
その後明治44年開業の「松山電気軌道」を大正14年に買収し、その後も様々な変遷を経て現在の伊予鉄道市内線の路線網が完成しています

≪木屋町≫

≪道後温泉駅≫
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