66 敦賀はげにもよき港

本日も「鉄道唱歌の話」にご乗車いただきありがとうございます。間もなく敦賀に到着いたします。

敦賀では67番まで停車いたします。

 

鐵道唱歌 北陸地方 六六

 

敦賀はげにもよき港

おりて見てこん名どころを

氣比の松原氣比の海

官幣大社氣比の宮

 

つるがはげにもよきみなと

おりてみてこんなどころを

けひのまつばらけひのうみ

くわんぺいたいしやけひのみや

 

 

敦賀港は古来より日本海の要港として栄えてきました。

明治32年に開港場に指定され、明治35年ウラジオストクとの間に定期航路が開設されました。明治45年にはウラジオストク航路に接続する国際列車が新橋から敦賀港まで走るようになりました。

 

ロシア革命後のシベリアに取り残されたポーランド孤児や、ナチスドイツの下で杉原千畝のビザによってユダヤ難民が上陸した港でもあります。

現地には当時の建物が再現され、資料館「人道の港敦賀ムゼウム」となっています。

 

≪人道の港 敦賀ムゼウム / 敦賀税関緑旅具検査所・敦賀港駅・大和田回漕部・露国義勇艦隊事務所を再現したもの≫

 

 

気比の松原三保の松原(静岡)・虹の松原(佐賀)と並んで日本三代松原とされています。聖武天皇の御代に一夜にして出現したという伝説が残っています。

 

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気比の松原

 

気比神宮古事記において、第15代応神天皇が幼少期、禊(みそぎ)のために訪れて滞在したという記述がみられる古社です。

大東亜戦争による空襲により社殿のほとんどが焼失しました。現在の社殿は戦後に再建されたものですが、正保2年(1645年)に建立された大鳥居だけは残って国の重要文化財に指定されています。

 

 

気比神宮の大鳥居≫

 

 

気比神宮 拝殿≫

 

 

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